写真:Honda ULTRA G2 SPORTSのオイル缶。粘度の10W-40と、JASOのMAは別々の分類です。購入時は容器の規格表示と車両の指定を照合します。
エンジンオイルの仕事のひとつは、金属同士の摩擦を減らすことです。摩擦が少ないほど滑らかに動く。それなら、できるだけ摩擦を減らした方がいいと思いませんか?
ところがバイクには、摩擦がなくなると困る部品があります。クラッチです。
エンジンオイルには「エンジンの摩擦は減らせ。でもクラッチは滑らせるな」という、なかなか理不尽な注文が付いています。そのために重要なのが、JASO MA・MA1・MA2・MBという規格です。
今回はその違いを、クラッチの仕組みと合わせて解説します。オイル全体の役割から知りたい方は、バイクのエンジンオイル基礎ガイドも参考にしてください。
この記事の結論
MA・MA1・MA2・MBは、クラッチ試験での摩擦特性の違いを示します。
MA2はMA1より高摩擦側。MBも低品質という意味ではありません。
JASOだけでなく、SAE粘度・API規格も取扱説明書と合わせます。
MA指定の湿式クラッチ車へMBを入れると、クラッチが滑る可能性があります。同じ粘度でも、用途に合うとは限りません。
まず結論|MA・MA1・MA2・MBは何が違う?
JASO T 903は、4ストローク二輪車用エンジンオイルの規格です。オイルに必要な性能を定め、その中でクラッチの摩擦特性を次のように分類しています。
| JASO | 摩擦特性の違い |
|---|---|
| MA | 湿式クラッチに対応する摩擦特性 |
| MA1 | MAの中で比較的低摩擦側 |
| MA2 | MAの中で比較的高摩擦側 |
| MB | MAより低摩擦側 |
ここで重要なのは、MA2はMA1の上位品質ではなく、MBも低品質という意味ではないことです。MA2だから摩耗防止性能が高いとか、MBだから安物ということではありません。
なぜバイクのクラッチにはオイルの規格が必要なのか
多くのマニュアル車には、湿式多板クラッチが使われています。摩擦材の付いたフリクションプレートと金属製のクラッチプレートを交互に重ね、スプリングの力で押し付けることでエンジンの動力を伝えています。このクラッチはエンジンオイルに浸かっています。
オイルはクラッチを冷却し、摩耗を抑える役割を持ちますが、摩擦を減らしすぎるとプレートが滑ってしまいます。すると、アクセルを開けてもエンジン回転数ばかり上がり、車速がついてきません。
ライダーは全開、クラッチは仕事放棄。これでは困ります。
摩擦を減らしたい
金属同士の摩耗を抑え、滑らかに動かすために潤滑します。
必要な摩擦を保ちたい
プレート同士が踏ん張って、エンジンの動力を伝えます。
実際のバイクで比較してみよう
| バイク | JASO指定例 |
|---|---|
| CB400 SUPER FOUR | MA |
| スーパーカブ110 | MA |
| PCX | MB |
記事末のメーカー取扱説明書(CB400:30MCE640、スーパーカブ110:30K887000、PCX:30KWNA002)に記載された仕様の例です。指定規格は年式・型式によって異なる場合があります。
スーパーカブにはクラッチレバーがありませんが、遠心クラッチなどを使用しており、クラッチとエンジンオイルには密接な関係があります。
一方、PCXはベルト式CVTのスクーターで、エンジンオイルに浸かった湿式多板クラッチを使っていません。エンジンオイルに湿式クラッチ用の摩擦特性を求めない構造で、取扱説明書ではMBが指定されています。
ちなみにCB400 SUPER FOURとPCXには、どちらも10W-30が指定されているモデルがあります。同じ10W-30でも、片方はMA、もう片方はMB。オイルは粘度だけでは選べないわけです。
MA1とMA2は何が違う?MA2の方がクラッチに強い?
MA1とMA2は、クラッチの摩擦特性によって分けられています。MA2はMA1より高摩擦側ですが、だからといってMA2を入れればクラッチの伝達トルクが必ず増えるわけではありません。
クラッチの性能は、摩擦材、スプリング、プレートの状態などにも左右されます。摩耗したクラッチにMA2を入れれば修理完了、という話でもありません。オイルにクラッチ整備まで外注しないでください。
MA2なら全部の性能が上?
数字の大きさだけで、摩耗防止やエンジン保護まで優れていると考えてしまう。
違うのは摩擦特性の範囲
クラッチの状態や車両指定も確認します。規格名だけで総合的な優劣は決まりません。
また、MA1とMA2の条件に当てはまるオイルでも、MAとして届け出ることができます。摩擦特性の組み合わせによって、MA1にもMA2にも分類されないMAも存在します。
つまり「MAとしか書いていないからMA2より劣る」とは判断できないのです。
MBは性能が低いオイルなのか?
いいえ。MBはより低摩擦側の分類です。湿式クラッチの摩擦特性を必要としない車両では、低摩擦化によってエンジンの損失を減らすこともできます。
逆にMB指定車へMA2を入れても、エンジン保護性能が自動的に向上するわけではありません。また、スクーターなら必ずMBということでもありません。車種によってクラッチや変速機の構造が異なります。
結局はメーカー指定が基本です。
車用オイルや添加剤を入れるとクラッチが滑る?
車用エンジンオイルには、摩擦損失の低減を重視した製品があります。そのようなオイルが湿式クラッチに適合するとは限りません。
ただし、車用だから絶対に滑るというわけでもありません。必要な規格への適合性が重要です。
メーカーが時間とお金をかけて開発したオイルに、思いつきで添加剤をひと振り。料理なら味変で済みますが、クラッチはそうはいきません。
もう少し専門的に|JASOは何を測定している?
JASO T 903:2023では、クラッチの摩擦特性を3つの指数で評価しています。
| 指数 | 評価するもの |
|---|---|
| DFI | 動摩擦特性。クラッチが滑りながらつながる状態に関係 |
| SFI | 静摩擦特性。つながったクラッチの摩擦保持力に関係 |
| STI | 制動時間特性。クラッチがつながるまでの時間に関係 |
DFI・SFI・STIが規定された範囲に入るかによって、MA、MA1、MA2、MBが分類されます。ただし、指数は一般的な摩擦係数そのものではなく、MA2なら実車のクラッチが2倍食いつくという意味でもありません。
またJASOにはオンファイル制度がありますが、届出製品の品質を規格団体が個別に保証しているわけではありません。製品の性能や表示の責任は届出者にあります。
結局どれを選べばいい?
まずは自分のバイクの取扱説明書を確認しましょう。JASO規格だけでなく、SAE粘度やAPI規格なども合わせて確認します。
- STEP 1取扱説明書で指定を確認する
車種・年式に合う説明書で、JASO・SAE粘度・APIの条件を確認します。
- STEP 2商品の規格表示を照合する
価格、全合成油、エステル配合といった表示だけで決めず、指定への適合を確かめます。
- STEP 3交換後の変化を確認する
回転数だけが上がるなら、使用オイルの規格とクラッチの状態を確認します。
高価な全合成油やエステル配合オイルでも、クラッチとの相性が合わなければ適切なオイルとは言えません。
まとめ|JASOは高性能ランキングではない
エンジンでは摩擦を減らしたい。クラッチでは適切な摩擦を保ちたい。エンジンオイルは、この面倒な要求に応えなければなりません。
人間なら一度、労働条件について相談したくなるところです。
そして、MA2はMAより高級なわけでも、MBが安物なわけでもありません。では、実際のオイルの値段はどうなのでしょうか? 本当にMA2は高くないのか。MBにも高級オイルがあるのか。
これがなかなか面白い比較です。ホンダの最高級オイル「Pro Honda RACING」がMAだったり、スズキの「エクスター R5000」のMA2とMBが、1L缶では同じメーカー希望小売価格だったり。どうやらオイル缶の数字は、我々が思っているほど偉くないようです。
この比較の対象製品・容量・価格の基準日・出典は、純正オイル比較記事で説明します。
